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社説【男女共同参画 ジェンダー論に振り回されている】

【前書き】
 基本的にウェブ上で「男か女か」ということに大した意味はないと思う。寧ろ、男女という固定観念から少しでも解放される場所がここにある気がします。今回は、西日本新聞より「これだけは言わせて!!」。


【性別にかかわりなく、一人の人間として、個性や能力を十分に発揮する「男女共同参画社会」を目指す考えは、社会に広く合意されているはずだ】
 人権問題とは、価値観の相違だと思う。しかし、人権を語る以前にこの世には男と女が存在します。例えば、「男女は、友達のままでいられるか?」という問いにどう答えるでしょう。私が性別を意識していなくても、相手(異性)が意識していれば話は噛みあわないかもしれない。男女が愛し合うことに平等不平等というのはおかしいですよね。ジェンダー論争は解釈が分かれますが、この「男女が愛し合う心理(男女が異性を意識する部分)」が結構重要な気します。
 
 男女共同参画社会とは「男女が共同で政策や事業を行う社会」です。つまり、男女格差をなくそう!!という話に展開される。「広く合意」とは、自ら「一人の人間として」生きるだけでなく、周囲の人も含めた上で偏見や風習を捨てて平等を追求するということでしょうか。細木数子さんの話を聞いていると、「これは男尊女卑なのでは?」と思うことがある。果たして、男女に役目を持たせてバランスを保つべきなのか、区別することなく個々の才能を活かすべきなのか、という話です。

【超少子化対策として、「女性は家庭で育児、子育てに専念すべきだ」という声が広がり、「男は仕事、女は家庭」という、かつての役割分担社会に逆戻りしようとする動きがまん延しつつあるように思う】
 問題は受け身側にある。例え女性の社会進出を希望しても、社会が望まなければ意味がないでしょう。「女は出産や育児・家事が仕事」というのは一つの日本文化です。男は娘の可愛さに子供をあやすかもしれないけど、女は教育や世話も兼ねて子供と接しなければならない・・・というのが一般的な風潮だと思う。その根底から見直さなければ、本当の男女共同参画社会は望めないでしょう。女性にチャンスやポストを与えるだけではなく、可能性を秘めた人材として見る許容が求められる。ただ、経営状態や職種にも影響を受けるだろうし、人材が箱詰めされることの方が多いのではないでしょうか。社員を評価し、可能性を見出せる職場で働ける人は本当に幸せだと思いますね。

 本人の意識改革も必要ですけど、男性が育児休暇をとれる雰囲気じゃなかったり、女性が退職後に復職するのが困難だったり、何かと社会の偏見・土壌が男女共同参画社会を鈍らせているのは確かでしょう。

【「ジェンダー」は国際的に使われる言葉で、「社会的・文化的性別」と訳されている。そんな国際的に認知されている用語を禁句にしようという動きがまかり通ること自体、首をかしげてしまう。】
 私から言わせれば、猪口少子化・男女共同参画担当相は何故そこまでジェンダーに拘るのか、と首をかしげてしまう。ジェンダーを禁句にしようとする動きに対して、「国際的に認知されている用語なのに」と反論するのはおかしいと思う。問題は「ジェンダーフリー」という日本人の行き過ぎた解釈にある。

 「"男は仕事、女は家庭"のような日本文化はおかしい」という論争から、ジェンダーの「文化的」という意味に固執した解釈が広まりました。そして、日本文化から解放される意味で「ジェンダーフリー」という用語ができた。本来の意味に日本人的誤解を付け加えた印象があるわけで、こうした認識力の無さから禁句にすべきという動きになっているのでは?たった一言に感情移入して、過剰反応し過ぎなんですよ。

【第二次基本計画では、一部の行き過ぎた教育の事例として、男女同室で着替えさせたり、男女がともに騎馬戦を行うなどが例示された】
 大沢真理東大教授は「ジェンダーが人工的に作られたものだから、意識的な営みによって変えることができる」と主張した。つまり、教育の過程で「男女混合騎馬戦」や「男女同室着替え」を行えば、男女の「社会的・文化的な性別」という根底は改善できると考えたようです。ジェンダーが後天的形成だとしても、人間の生理的部分(生物学的性別)が度外視されてますよ。男が女を強姦する理由は何なのでしょう?そんな生理的欲求を助長することにならないとも言い切れない。

【ジェンダーの解消は、共同参画の重要な柱である】
 「ジェンダーの解消」という文言が飛躍した誤解を生んでいると言っている。男女をすべて「さん付け」で呼んだり、名簿を一本化する動きは、差別と区別を混同してますよ。「男と女」という性別自体を否定しているように思うんです。そして、本来求めるべき「男女格差のない社会的地位」から掛け離れた教育が進められようとしている。別に「ちゃん付け」で呼んでもいいでしょう。自由を奪ったり、成長期の子供の生理的部分を無視することで余計な混乱が生じるとしか思えない。

【懸念されるのが、しつこいまでの「ジェンダー」バッシングの動きである】
 一般論で語ろうとするからおかしいんですよ。あぁ西日本さんは、ナショナリズムに欠ける発言も多いですからね。何かと解放的な世の中がお望みなんでしょう。

【往々にして名簿の名前を男性から先に呼ぶことで、知らず知らずのうちに「男が先」という意識が植え込まれるのではないだろうか。もっとおおらかに、一人の人間としてとらえてみてはどうだろう。】
 ん~言っている意味がよく分からないのですが、じゃぁ女性が先に呼ばれれば満足なのでしょうか。「何で男が先なの?」と思ってきたフェミニストが、そもそもおおらかでなくて勝手に差別意識を感じているだけのように思う。ただのひがみにしか聞えませんね。ジェンダーバッシングとは、単に「ジェンダー」って言葉が紛らわしいからなのではないでしょうか。

【第二次基本計画には、二〇二〇年までに指導的地位における女性の割合を30%に引き上げ、常勤の国家公務員に育児・介護のための短時間勤務制度を導入することなどが盛り込まれ、共同参画のさらなる拡大を求めている】
 私は、女性の社会進出が少子化を助長するとは思っていません。要は、働いてきた人に男性が多いだけで、女性が不利な立場に追い遣られてきたような気がする。女性が働きやすい環境(女性だけの職場)をつくって、まず生理的差別がないところから社会進出するのはどうでしょう。何かと男性が槍玉にされていますが、女性も「キツイ・汚い・臭い(3K)」という環境で働けるのでしょうか?ジェンダー、ジェンダーと言っているから、こういった揚げ足をとるような議論にも発展する。

 容姿を気にする女性ならば、力仕事を男性に任せるかもしれない。来訪者に好印象を与えるために、受付嬢を会社の顔と考えるかもしれない。男は「豪」、女は「華」という印象を否定することで何か得する人がいるのでしょうか。それは、KABAちゃんみたいに女々しい男もいれば、摩邪みたいに豹変する女もいるけど、そんなの稀な話でしょう。


【後書き】
 ジャンダーがどうかしたぁ?そんなに男女差が気に入らないなら、「男女」って漢字も否定しなければならないですね。女男って漢字を作れば、男女共同参画社会は進むのでしょうか?そもそも、ジェンダーの解消って何?「社会的・文化的な性別」という定義であって、ジェンダーという言葉は何も差別してないでしょう。拡大解釈にも程がある。

 何だか書いてて訳分からなくなりましたね。もしかしたら、変なことを書いているかもしれません^^; 女に男の気持ちは分からないだろうし、その逆も然りってことで勘弁してください。


【参考資料】
西日本新聞
 2006年1月10日社説【言葉が問題ではないはず 男女共同参画】
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01:43 | 政治 | comments (5) | trackbacks (6) | edit | page top↑

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Comments

# 簡単にコメントです
TBありがとうございます。ニュートラルな立場から考察されていて、好感を持ちました。

第一段落ですが、差がある、ということは大事ですよね。

>男女が愛し合うことに 
そこにまで抑圧被抑圧がある、というのがフェミニズムイデオロギーです。
だから、DVなんていう問題を社会的問題にするわけです。私的な領域にまで入り込み、そこに権力関係があり、女は差別されている、抑圧されている、というのです。
ジェンダーとは引かれた一本の線。これが男と女を分け、男は一流市民、線の向こうの女は二流市民、これを分けるラインがジェンダーだと上野千鶴子は言っています。

こういうジェンダー論は、ジュディスバトラーが考え出したものです。


二番目の段落については、母性の問題、子供と母親の関係について考えるべきではないでしょうか。
長谷川真理子さんという生物学系のフェミニストは、三歳児神話なんていうけど、赤ちゃんには母親がそばにいてあげる必要がある、と仰っています。

子育てを終えた女性たちの仕事復帰については、大いに施策を打つべきだと思います。

赤川学さんや長谷川真理子さんの論文などを読まれたら、無名さんと結構近い感覚かもしれませんね。
by: ブリュンヒルデ | 2006/01/13 12:25 | URL [編集] | page top↑
# おはようございます。
ブリュンヒルデさま☆

 コメントありがとうございます。まだまだ奥が深いようですね。聞けば聞くほど、分からなくなりそうですが、ご紹介を受けた方々の論文は是非読んでみたいです。また機会がエントリーしてみます。
by: 無名 | 2006/01/14 08:42 | URL [編集] | page top↑
#
インド・ヨーロッパ系の言語の名詞には「性別」があります。男性名詞、女性名詞、中性名詞(ラテン系の言語にはこれはない)という区分です。これをジェンダーと言います。

英語ももともとあったのですが、消滅しています。名残が例えばshipを代名詞で受ける時にsheとすることなど(それも今ではほとんど使わないでしょうが)。スウェーデン語などでも15世紀くらいに男性と女性の区別がなくなって、両性と中性の2区分になりました。

こういう名詞の文法上の性別をなくそう、というのが英語でgender freeと言った時の意味になります。要するに言語学上の用語な訳です。

ジェンダーフリーが生物学的存在としての男女の社会的な差をなくす、という意味で使われるのは日本だけです。

でもって、日本のジェンダーフリー論者は実は女性優先を目指している、というのが実態でしょう。男女を女男と言い換えよ、と真面目に主張しているのもいるくらいです。こいつらは電車の女性専用車両も真っ先に反対しないと自己矛盾だと思うのですがねえ(笑)。
by: フロレスタン | 2006/01/15 01:34 | URL [編集] | page top↑
# こんにちは。
フロレスタンさま☆

 やはりお詳しいようで。何度かエントリーされているのを見たことがあるので、コメントいただけて嬉しいです。

 フェミニストの過剰反応に付き合っていたら、「男」「女」に関する言葉を片っ端から批判していかないといけないですね。「女」の立場は駆け出しの話で、その後はエゴでしかないと思います。

 今日の社説で読売新聞がとりあげていたので、機会があればもう一度エントリーしたいです。
by: 無名 | 2006/01/15 13:42 | URL [編集] | page top↑
#
「ジェンダー=社会・文化的に形成された性」「セックス=生物学的な性」という定義って、そもそも間違ってると思いますよ。

英語では、「ジェンダー」も普通に生物学的な性のことを指して使ってます。

「ジェンダー」の定義や語源については、私のブログを参照ください。
by: proudloud | 2006/07/14 21:17 | URL [編集] | page top↑

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