02.19.2006
社説【滋賀園児殺害 理解することの難しさを知る】
【前書き】
一括りにすれば「凶悪事件」・・・。再び狙われた幼い子どもの命。今回は、凶悪犯罪について「これだけは言わせて!!」。

【今日のテーマ】
・(読売新聞)
【滋賀県長浜市の静かな田園地帯で、5歳の男児と女児が刺殺された】
【事件内容】
・(中国新聞)
【犯行は、幼稚園に向かう車中、通園路から外れ、人通りの少ない農道で行われた。鄭容疑者はこの朝、「送っていく子どもたちを殺そう」と思い立ち、園児である長女を助手席に乗せたまま、後部座席にいた二園児を無言で包丁で刺したという。二十数カ所に及ぶ刺し傷…。その後、車外に放り出した。】
【加害者の素性】
・(中国新聞)
【一九九九年に会社員の夫と知り合って来日。二〇〇〇年に結婚し、長女が誕生。一昨年春から長女が幼稚園に通うようになったが、国籍の違いや言葉の壁もあり、園児の母親らとなじめなかったらしい。長女がいじめられていないかと、園に度々問い合わせており、「子どものことで悩んでいた」と供述している。夫に不眠を訴えるなど、精神的に不安定な一面もあったようだ。グループ登園についても、長女を自分で送迎したいので外してほしいと園に要望。無断で迎えに行くケースもあった。】
【日本在住の外国人】
・(読売新聞)
【日本で暮らす外国人登録者数は200万人にのぼる。国際結婚も珍しいことではなく、2002年には3万6千組が誕生した。20組に1組が国際カップルだった勘定になる。外国人と共に暮らすことがごく普通の時代を迎えている。】
【読売新聞の見解】
・【今回の事件の詳しい犯行動機の解明は、今後の捜査にまつとして、国籍や言葉が地域社会での壁となったということはないだろうか。ゆがんだ被害者意識が幼児に向けられた可能性がある。地域での生活ぶりや人間関係にも踏み込んで、動機に迫らねばならない。】
【産経新聞の見解】
・【殺人容疑で逮捕された女は容疑を認めているが、なぜこのような犯行に及んだのか、いま一つ凶行に至った経緯が分からない】
・【容疑者の母親は、車内で自分の娘の目の前で二人の幼児をあらかじめ用意した包丁でメッタ刺しにして殺害、遺体を車外に放置して、逃走したらしい】
・【今回のように引率の母親が事件を起こすことなどは、まさに「想定外」である。これでは防止のしようがない。】
【中国新聞の見解】
・【「こんなにやっても子どもを守れないのか」。今回の事件で怖いのは、地域で取り組んできた人たちに、動揺や無力感が広がることだ。どんなに監視などを強めても、百パーセント守るのは難しいかもしれない。ただ、継続することで、100%に近づけることは不可能でないはずだ。一言で地域といっても、国籍を含め、さまざまな違いのある人たちが生活している。中には、なかなか溶け込めない人もいるだろう。包み込み、心を響き合わせるようなコミュニティーづくりへ、知恵を絞ることが肝要だ。】
【後書き】
被害にあった小学生のご両親、関係者の方々の気持ちが解るとは思えません。ただ、これから長い将来を歩むはずだった幼い子が命を奪われたことは悲しい。ご冥福をお祈りします。

(佐野迅ちゃんと武友若奈ちゃんの遺影)
人間が犯行に至る心理なるものをダラダラと述べてみましょう。今回の凶悪事件、犯人は中国系でした。最近の凶悪事件を見ていると、2パターンある。「あからさまな憎悪」と「自分本位の殺意の濫用」ですね。今回は、前者。私は、後者の気持ちは解りませんが、前者の気持ちは何となく解る。後者は、とりあえず自己中心的なだけです。前者も自己中心的ですが、裏では歪んだ愛情がある。動機の違いでしょうか。
私は、「"解らない"という気持ちは、"解りたくない"に近い感情」だと思っている。最近のエントリーは「全国紙plusおまけ的な地方紙」というやり方です。本来、このような凶悪事件は左派である朝日新聞や毎日新聞の方が得意分野だと思うのですが、19日時点でも社説はない。一方で、本来中道や保守的な立場を考えれば、心苦しい気持ちをどう社説にすべきか?難しい気もしたのですが、読売新聞や産経新聞が真っ先に社説で取り上げているのは意外でしたね。朝日と毎日は、悲痛な想いが昂ぶり過ぎて言葉にならないのでしょうか。
さて、産経新聞の社説を見てみると、「分からない」「・・・らしい」と距離を置いた見解を示している。産経新聞らしいですね。決め手となるのが「防止しようがない」と言い切って、これはしょうがない事件だったと思わせるような社説になっていること。ちなみに、私は産経新聞を好きな新聞社に挙げている一人です。好きだからこそ、言わせてもらいます。思いやりに欠ける社説を書くくらいなら、初めから書かないほうが良い。余計な感傷は、判断を鈍らせることもありますが、人として捨ててしまうべきものでもない。
少し話が反れましたが、歪んだ愛情から来る憎悪が分かると言った気持を語りましょう。誰しも「この人鬱陶しい」「居なくなってほしい」と思ったことはあるでしょう。ただ、それが殺意に結び付くことは稀だと思う。私は、よくありますが当然、殺意なんて振りまいても何も解決しないと解っている。世の中には、人生を楽観的(前向き)に考えることができる人と悲観的(神経質)に考える人がいる。私は両方当てはまるでしょうか。でも、前者の方が生きていて楽しい時間であるのは確かです。でも、肩の荷を下ろすことができずに妄想を膨らましてしまう人もいる。
今回の犯行は、中国系の女性によるもので反省の色がないときた。反日教育の匂いもしますが、平たく考えてみましょう。もし、神経質な日本人が中国に嫁いで、同じ状況に追い込まれれば、やはり犯行に及ぶかもしれない。あくまでかもしれないですけど。女性は、その人生観からなのか鬱病が多いと言われる。今回の事件、普段から周囲の主婦とのコミュニケーション不足が余計な不安感を駆り立てたように思う。一つ気になるのは、日本人である旦那は何をしていたのか?寧ろ、犯行に加担したとも考えられる。なぜ、奥さんが中国系であることをもっと理解して、周囲に打ち解けることができるように日本語の習得に協力しなかったのか?一番理解してあげないといけない人が、果たしてどれくらい自分の妻のことを解っていたのか?一番、不可解なところですね。
感情的な部分から生じる犯罪は、産経新聞がいうように防ぎ様がないとも思える。ただ、そこで諦めたら本当に防げないで終わるでしょうね。「離見の見」という自分自身を客観視できる部分を持つのが一番有効だと思うのですが、自分のことは一番自分が知っていると勘違いしている人は多いかもしれない。解るって言葉がどれくら解っているかなんて、誰にも解らない・・・何言ってんでしょ^^)
今回は、中国新聞が述べるように息の長い取り組みを続けるしかないと思う。子を持つ親としては傷ましい事件が続きますが、再び前向きに生きれる日々が戻ってほしいですね。私は、親になる機会がまだないので、今回は「一人の人」という立場から述べさせてもらいました。
みなさんのエントリーを見ていると、通名に噛み付いている人が多いようです。NHKと朝日新聞に何やら日本名報道しかなかったようですね。中国系(外国人)と凶悪事件が結び付いた犯行としては、注視すべきところですが、私はあくまで平たく考えてみました。犯罪が完全になくなるのが不可能でも、減らす努力を怠りなくないものです。
P.S.
鄭容疑者は、自分の子どもなど親族に対しても暴力をふるっていた事が分かった。殺意も、暴力の延長線上にあったのか?こうなると、鄭容疑者の精神的な部分を理解するのは難しくなります。
【参考資料】
読売新聞
2006年2月18日社説【園児殺害 子供を守る努力が揺さぶられた】
産経新聞
2006年2月18日社説【2園児殺害 真相解明こそが不安消す】
中国新聞
2006年2月19日社説【滋賀2園児刺殺 子を守る努力息長く】
【ブログ】
#1 元検弁護士のつぶやき
【場当たり的対策】
(http://www.yabelab.net/blog/2006/02/19-112919.php)
>気持ちはとてもよく分かるのですが、ものすごく場当たり的な対応に終始しているのではないかと危惧します。
後手の対応を繰り返しても、事件を起こすのは人間ですからね。的確な対応ができないにしろ、「不安を取り去る」という点で有効なこともあると思います。言い換えれば「気休め程度」という言葉になってしまいますが、今回の事件も加害者が周囲と打ち解けてないという不安が犯行に繋がっているようです。周囲から何かアプローチしたのか?など考えれば、もしかしたら防ぐことができたかもしれない。加害者は、過剰に集団送迎を拒んでいたとも言われ、慣れない日本の暮らしが被害妄想的な部分を生んだのかもしれません。そういう不安を取り去る場所(相談所的な)や人(旦那など)の協力が必要でしょうね。短絡的な対応は「気休め」に終始すると思うので、もっと「まだ犯人ではない」人と向き合うことから考えてほしいですね。
一括りにすれば「凶悪事件」・・・。再び狙われた幼い子どもの命。今回は、凶悪犯罪について「これだけは言わせて!!」。
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【今日のテーマ】
・(読売新聞)
【滋賀県長浜市の静かな田園地帯で、5歳の男児と女児が刺殺された】
【事件内容】
・(中国新聞)
【犯行は、幼稚園に向かう車中、通園路から外れ、人通りの少ない農道で行われた。鄭容疑者はこの朝、「送っていく子どもたちを殺そう」と思い立ち、園児である長女を助手席に乗せたまま、後部座席にいた二園児を無言で包丁で刺したという。二十数カ所に及ぶ刺し傷…。その後、車外に放り出した。】
【加害者の素性】
・(中国新聞)
【一九九九年に会社員の夫と知り合って来日。二〇〇〇年に結婚し、長女が誕生。一昨年春から長女が幼稚園に通うようになったが、国籍の違いや言葉の壁もあり、園児の母親らとなじめなかったらしい。長女がいじめられていないかと、園に度々問い合わせており、「子どものことで悩んでいた」と供述している。夫に不眠を訴えるなど、精神的に不安定な一面もあったようだ。グループ登園についても、長女を自分で送迎したいので外してほしいと園に要望。無断で迎えに行くケースもあった。】
【日本在住の外国人】
・(読売新聞)
【日本で暮らす外国人登録者数は200万人にのぼる。国際結婚も珍しいことではなく、2002年には3万6千組が誕生した。20組に1組が国際カップルだった勘定になる。外国人と共に暮らすことがごく普通の時代を迎えている。】
【読売新聞の見解】
・【今回の事件の詳しい犯行動機の解明は、今後の捜査にまつとして、国籍や言葉が地域社会での壁となったということはないだろうか。ゆがんだ被害者意識が幼児に向けられた可能性がある。地域での生活ぶりや人間関係にも踏み込んで、動機に迫らねばならない。】
【産経新聞の見解】
・【殺人容疑で逮捕された女は容疑を認めているが、なぜこのような犯行に及んだのか、いま一つ凶行に至った経緯が分からない】
・【容疑者の母親は、車内で自分の娘の目の前で二人の幼児をあらかじめ用意した包丁でメッタ刺しにして殺害、遺体を車外に放置して、逃走したらしい】
・【今回のように引率の母親が事件を起こすことなどは、まさに「想定外」である。これでは防止のしようがない。】
【中国新聞の見解】
・【「こんなにやっても子どもを守れないのか」。今回の事件で怖いのは、地域で取り組んできた人たちに、動揺や無力感が広がることだ。どんなに監視などを強めても、百パーセント守るのは難しいかもしれない。ただ、継続することで、100%に近づけることは不可能でないはずだ。一言で地域といっても、国籍を含め、さまざまな違いのある人たちが生活している。中には、なかなか溶け込めない人もいるだろう。包み込み、心を響き合わせるようなコミュニティーづくりへ、知恵を絞ることが肝要だ。】
【後書き】
被害にあった小学生のご両親、関係者の方々の気持ちが解るとは思えません。ただ、これから長い将来を歩むはずだった幼い子が命を奪われたことは悲しい。ご冥福をお祈りします。

(佐野迅ちゃんと武友若奈ちゃんの遺影)
人間が犯行に至る心理なるものをダラダラと述べてみましょう。今回の凶悪事件、犯人は中国系でした。最近の凶悪事件を見ていると、2パターンある。「あからさまな憎悪」と「自分本位の殺意の濫用」ですね。今回は、前者。私は、後者の気持ちは解りませんが、前者の気持ちは何となく解る。後者は、とりあえず自己中心的なだけです。前者も自己中心的ですが、裏では歪んだ愛情がある。動機の違いでしょうか。
私は、「"解らない"という気持ちは、"解りたくない"に近い感情」だと思っている。最近のエントリーは「全国紙plusおまけ的な地方紙」というやり方です。本来、このような凶悪事件は左派である朝日新聞や毎日新聞の方が得意分野だと思うのですが、19日時点でも社説はない。一方で、本来中道や保守的な立場を考えれば、心苦しい気持ちをどう社説にすべきか?難しい気もしたのですが、読売新聞や産経新聞が真っ先に社説で取り上げているのは意外でしたね。朝日と毎日は、悲痛な想いが昂ぶり過ぎて言葉にならないのでしょうか。
さて、産経新聞の社説を見てみると、「分からない」「・・・らしい」と距離を置いた見解を示している。産経新聞らしいですね。決め手となるのが「防止しようがない」と言い切って、これはしょうがない事件だったと思わせるような社説になっていること。ちなみに、私は産経新聞を好きな新聞社に挙げている一人です。好きだからこそ、言わせてもらいます。思いやりに欠ける社説を書くくらいなら、初めから書かないほうが良い。余計な感傷は、判断を鈍らせることもありますが、人として捨ててしまうべきものでもない。
少し話が反れましたが、歪んだ愛情から来る憎悪が分かると言った気持を語りましょう。誰しも「この人鬱陶しい」「居なくなってほしい」と思ったことはあるでしょう。ただ、それが殺意に結び付くことは稀だと思う。私は、よくありますが当然、殺意なんて振りまいても何も解決しないと解っている。世の中には、人生を楽観的(前向き)に考えることができる人と悲観的(神経質)に考える人がいる。私は両方当てはまるでしょうか。でも、前者の方が生きていて楽しい時間であるのは確かです。でも、肩の荷を下ろすことができずに妄想を膨らましてしまう人もいる。
今回の犯行は、中国系の女性によるもので反省の色がないときた。反日教育の匂いもしますが、平たく考えてみましょう。もし、神経質な日本人が中国に嫁いで、同じ状況に追い込まれれば、やはり犯行に及ぶかもしれない。あくまでかもしれないですけど。女性は、その人生観からなのか鬱病が多いと言われる。今回の事件、普段から周囲の主婦とのコミュニケーション不足が余計な不安感を駆り立てたように思う。一つ気になるのは、日本人である旦那は何をしていたのか?寧ろ、犯行に加担したとも考えられる。なぜ、奥さんが中国系であることをもっと理解して、周囲に打ち解けることができるように日本語の習得に協力しなかったのか?一番理解してあげないといけない人が、果たしてどれくらい自分の妻のことを解っていたのか?一番、不可解なところですね。
感情的な部分から生じる犯罪は、産経新聞がいうように防ぎ様がないとも思える。ただ、そこで諦めたら本当に防げないで終わるでしょうね。「離見の見」という自分自身を客観視できる部分を持つのが一番有効だと思うのですが、自分のことは一番自分が知っていると勘違いしている人は多いかもしれない。解るって言葉がどれくら解っているかなんて、誰にも解らない・・・何言ってんでしょ^^)
今回は、中国新聞が述べるように息の長い取り組みを続けるしかないと思う。子を持つ親としては傷ましい事件が続きますが、再び前向きに生きれる日々が戻ってほしいですね。私は、親になる機会がまだないので、今回は「一人の人」という立場から述べさせてもらいました。
みなさんのエントリーを見ていると、通名に噛み付いている人が多いようです。NHKと朝日新聞に何やら日本名報道しかなかったようですね。中国系(外国人)と凶悪事件が結び付いた犯行としては、注視すべきところですが、私はあくまで平たく考えてみました。犯罪が完全になくなるのが不可能でも、減らす努力を怠りなくないものです。
P.S.
鄭容疑者は、自分の子どもなど親族に対しても暴力をふるっていた事が分かった。殺意も、暴力の延長線上にあったのか?こうなると、鄭容疑者の精神的な部分を理解するのは難しくなります。
【参考資料】
読売新聞
2006年2月18日社説【園児殺害 子供を守る努力が揺さぶられた】
産経新聞
2006年2月18日社説【2園児殺害 真相解明こそが不安消す】
中国新聞
2006年2月19日社説【滋賀2園児刺殺 子を守る努力息長く】
【ブログ】
#1 元検弁護士のつぶやき
【場当たり的対策】
(http://www.yabelab.net/blog/2006/02/19-112919.php)
>気持ちはとてもよく分かるのですが、ものすごく場当たり的な対応に終始しているのではないかと危惧します。
後手の対応を繰り返しても、事件を起こすのは人間ですからね。的確な対応ができないにしろ、「不安を取り去る」という点で有効なこともあると思います。言い換えれば「気休め程度」という言葉になってしまいますが、今回の事件も加害者が周囲と打ち解けてないという不安が犯行に繋がっているようです。周囲から何かアプローチしたのか?など考えれば、もしかしたら防ぐことができたかもしれない。加害者は、過剰に集団送迎を拒んでいたとも言われ、慣れない日本の暮らしが被害妄想的な部分を生んだのかもしれません。そういう不安を取り去る場所(相談所的な)や人(旦那など)の協力が必要でしょうね。短絡的な対応は「気休め」に終始すると思うので、もっと「まだ犯人ではない」人と向き合うことから考えてほしいですね。
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やりきれない事件が起こった。送迎当番で2人の園児を乗せた母親が、通わせている幼稚園をスルーして人気のない水田地帯で車を停め、自分の娘の目の前で、予め持っていた刺身包丁で子供2人をメッタ刺しにして、車外に放り出して逃走したという、あまりにも常軌を逸した事件
2006/02/20 (Mon)
00:17 | 音次郎の夏炉冬扇
グループ送迎は当面中止 長浜の神照幼稚園(asahi.com 2006年02月1...
2006/02/20 (Mon)
14:53 | 元検弁護士のつぶやき
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Comments
とても共感を覚えました。
私のエントリの言い足りないところをかなり補足していただいた思いです。
産経新聞の論者は犯罪及び犯罪抑止というものをよく理解していないようですね。
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/yoroku/news/20060219ddm001070004000c.html
とても情緒的な文章であり、「悲痛な想い」だけが言葉になったような記事でした。
コメントありがとうございます。私なりにコメント返させてもらいました。凶悪事件が起きる度に「思いやりの欠ける人が増えたなぁ」って思います。事件が起きてしまえば、明確に被害者と加害者に分かれますが、その一歩手前では果たしてどちらが被害者に近く、どちらが加害者に近かったのでしょうね?
鄭容疑者の素性は詳しくないのでどうしても平たい見解になってしまいます。最近では罪悪感を抱かない犯罪者?罪を犯すために生きてきたみたいな無神経な人までいることには言葉を失いますね。
毎日新聞の記事ありがとうございます。
要するに、この鄭ってメス豚が殺人体質だということに尽きます。だって、身近にいる子なら誰でも良かった訳でしょ。しかもその理由が、自分の子供がなじめないのは他の子が悪いって言うものですから、これはもう豚以下ですよ。
こんな奴、コミュニティで救えませんよ。私ね、親戚筋の某田舎に夏休みに旅行した時、たまたま出所していた傷害犯のDQNが、(駐車をめぐって)身内に因縁つけてきたから、非暴力で追いやったことがあります。自慢話ではなく、そいつはその地域でも鼻つまみ者で、そんな奴ムショに入れとくしかない訳ですよ。
今回の犯人の鄭も、普段は猫かぶっているのでしょうが、同類だと思いますね。地域コミュニティはそういう犯罪体質の奴を駆除する必要もあります。綺麗ごとの人権主義では、犠牲者が増えるだけです。
あと、糞豚を野放しにした配偶者も同罪。
(不謹慎な言葉満載で失礼)
>もっと「まだ犯人ではない」人と向き合うことから考えてほしいですね。
この指摘は極めて重要だと思います。
多くの方の感覚では、殺人者というのは普通とは違う特別な人間である、つまり自分たちとは違う人間である、という感覚があるように思われるのですが、実際に何人もの殺人犯と接してきた私としましては、
誰でも殺人を犯す可能性がある
と思っています。
その原因はいろいろですが、その根本原因を考え、対策を講じていかないと殺人事件は減らないと思っています。
生まれつきの犯罪者というのはそんなにいるものじゃないと思ってます。
綺麗事の人権主義で言っているのではありません。
残念ながら、刑務所には全ての犯罪者をいつまでも中に入れておくだけの収容力がありません。
犯罪者の更生は現実的な必要性があり、また国家経済的な問題でもあります。
そして犯罪者の更生と犯罪の事前抑止は本質的に同じ問題です。
犯罪というリスクをコントロールするためには、排除の論理だけでは限界があります。
排除の論理を全否定しているわけではありません。
私は死刑存置論者ですから。
但し、今回の犯人が死刑に値するかどうかは慎重な検討が必要だと考えています。
いえいえ。禁止ワードに引っ掛かっていたら、書き込み弾かれますので今回はセーフだったみたいです^^)
まぁ比較される豚もかわいそうなわけで、フロレスタンさまの表現では、かなり豚さんは低い位置にいるってことでしょうね。
世間では、何かと人権が謳われます。今日も、本当は入国難民法改正案で「指紋を必須にする」などの要件がもりこまれたことに北海道新聞が反論を示していたので、エントリーするつもりでしたが、こんな大事な日にカーリング以外のエントリーなんてできなかったのでお蔵入りにしました。
悪い輩を撃退できるフロレスタンさまは立派だと思う。尊敬しますよ。実際は、口だけでその場になったら足が竦んだり、「関わりたくない症候群」でも発症して見て見ぬ振りをする人が多いのではないでしょうか。当然、万が一があるだけに、下手な正義感が反って事件を引き起こす場合もありますから慎重であることに越したことはないですね。
確かにコミュニティにも限度がありますが線引きは難しい。前科者なら明確ですが、猫被られるとねぇ・・・殺意が振り切れる前にどうにか周囲の人が変化に気付いてやるしかないと思うのですが、みなさん自分のことで精一杯だったのでしょうかね。人間、いつ犯罪者になるか分からないという気持ちは持っておこうと思います。
私のブログで議論していただけるのは嬉しいことです。フロレスタンさまが気付いてくれれば、本人からのコメントが一番でしょうけどね。
私が思うに、過剰に「嫌韓流」などの言葉で実際には会ったこともない韓国人などを一括りに非難する土壌ができている気がする。実際に文化や歴史的背景を踏まえれば、すれ違いも当然だと思います。ただ、どこかで向き合えないだろうか、とは思いますけどね。・・・そこから続く言葉は、人によっては「奇麗事」なのかもしれない。感覚的に自分がどれくらいの許容を持って、どれくらい現実を知っているか(分別できるか)?だと思います。若いうちは、左翼思想でも結構。20歳過ぎたら、平和思想だけでなく智慧を身につけなければならない。←何かこのような名言がありましたが、忘れました。
フロレスタンさまの言う事例も現実に存在することだと思います。私も身近に理解不能な行動を起こす人がいる。私の姉ですけどね。いまだに反抗期で、親族とは一切口を聞かずにわがままに生きている。こういう「自己の確立」が不安定な人と接することは、非常に周囲の人も苦労する。親切を逆に迷惑がりますからね。殺人鬼ではないですが、極めて扱い辛い人間ではある。この話は切りがないので聞き流して欲しいのですが、「世の中には自分が理解したくても、相手が受け容れてくれないという場合をどう解決するか?」という大きな課題があると思いますね。
理解という一言では言い尽くせたものではない。十人十色の人間の性質とどう向き合っていくか・・・私は、人付き合いが苦手なのでこれからの人生のテーマとも言えますね。
回答にはなっていませんが、コメントありがとうございました。
ただね、おっしゃるように、犯罪者って特別な存在ではない。特別なら最初からわかって避けられる。そうではないから厄介。
悩んでいてそれが解決しなくて、はけ口として凶悪犯罪に向かう。そこが犯罪体質かどうかの分かれ目だと思います。悩んでも多くの人は凶悪犯罪にまでは走りません。
そういう微妙な違いを本能的にかぎ分けられるような教育や躾も必要なのではないか、というのが私の言いたいことです。そのために、人権原理主義は邪魔になります。
かぎ分けても、その相手が犯罪に走らない限り、排除や差別してはダメです。それこそ犯罪を引き出してしまう。警戒して、いざとなったら逃げられるような危機管理が必要なだけです。
私が答えるのもなんですが・・・
>そういう微妙な違いを本能的にかぎ分けられるような教育や躾も必要なのではないか、というのが私の言いたいことです。そのために、人権原理主義は邪魔になります。
昨今の凶悪犯罪がどう教育に影響しているのか気になりますね。私は、何かと「神経質な母親」←うちの母親がそうだからイメージは強い。フロレスタンさまは、お子さんにどんな臨時教育をされているのでしょうか?家庭教師の経験有りって話も以前聞きましたが、きっと勉強以外のことでもきっちり教育されているのでしょうね^^)
私の幼少期は、いつも親の顔色をうかがう子どもだったそうです。「親が正しい」って信じきっていたから、親が赤信号でも歩けば、私もついて歩くみたいな単純バカな子どもだったと思いますね。親がしっかりしていれば、子どももそれなりに成長して自立することができると思ういますが、単に伸び伸び生きてきただけでは社会で通用しないですからね。親の躾だったり、社会の規律、一般常識なんてものをとりあえず学ぶ機会がなければ、やっぱり簡単に踏み外してしまう人間に育ってしまう気がする。
また、話が反れてますが・・・モトケンさまが気付いてくれない場合も考えて、代理コメントさせてもらいました^^) 現在、体内時計がトリノ時間?なので、睡眠不足で体調が悪いです^^; 今日は、さっさと寝ることにしますzZZ
差別と言われるのを覚悟で書きますが(他人のブログなので伏せ字にします)、この流れだと結局2人の幼子はキ●ガイに殺されて、殺され損ってことになってしまいますよ。
人間誰しも「良心」があるって信じたい(すがりたい)気持ちはあります。それは、優しさや思いやりとは裏返しの「自分の弱さ」でしょう。人権だけを謳っていれば、少なからず相手を傷つける必要はない。でも、現実はそう簡単ではないですからね。
何となく「許容」と「分別」をセットにしていたいのは、自分で信じていることが非現実的な場合もあると知っていたいから。新情報により、鄭容疑者の良心に触れるのは困難だと察しています。
刑法第三十九条がどういうものかは、勉強しておきます。フロレスタンさまの見解を差別と結論付けたところで、結局はどこかで区別しなければならないと思います。麻原の裁判も随分こじれているようですし、エントリーするにも慎重にならないといけないですね。
再三のコメントありがとうございます。
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