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Sat.

社説【真珠湾攻撃から65年 戦争は一言で批判するものではない】

【前書き】
 あれから65年…以前の私ならば、日本から軍事大国を想像することなどなかったと思う。史実を知らなかったし、興味もなかった。とりあえず今が平和であれば、それで良し…日本人でありながら、日本の歴史も知らないことを今だったら恥ずかしいと思う。今回は、真珠湾攻撃について「これだけは言わせて!!」。
 
【産経新聞より】
【今回のテーマ】
【ちょうど65年前の昭和16年12月8日、日本海軍はハワイ・真珠湾の米太平洋艦隊を奇襲した】

【犠牲者】
【3年8カ月に及んだ未曾有の大戦で、300万人もの日本人が犠牲となった】

【戦後の日本】
【無謀ともいえる戦争になぜ日本は突入していったのか。そのことは65年の歳月を経た今でも、十分に解明されているとは言えない。】
 ↓
【日本人の多くが、戦後の東京裁判で戦勝国側が描いた歴史観に立ち、いわゆる「A級戦犯」にそのすべての責任を帰そうとする傾向が強いからである】
【「軍部の独走」ですべてを片づけようという見方も根強く残っている】

【産経新聞の見解】
【大切なことは特定の色眼鏡をかけてではなく、虚心坦懐(たんかい)に歴史を見つめることである。それこそが、これからの国の針路を過たぬために必要だと言える。】


【後書き】
 12月9日からクリント・イーストウッド監督作品「硫黄島からの手紙」が公開される。太平洋戦争後期、小笠原諸島から硫黄島へ上陸した栗林忠道中将率いる旧日本軍は米軍と激戦を繰り広げた。戦争の合間、栗林中将は家族宛てに約300通の手紙を送っている。栗林中将の兄の孫にあたる栗林直高さんは「きっと、硫黄島で手紙を書いている時が、人間性を取り戻す瞬間だったのではないでしょうか」と語った。生きるか死ぬかの状況で、人間らしさなんてものは邪魔なのかもしれない。栗林中将は、戦いながらも人間らしさを失いたくなかったのんでしょうね。

 1941年12月8日、日本海軍はハワイの米国海軍に対して奇襲攻撃を行った。これが真珠湾攻撃(Attack on Pearl Harbor)であり、太平洋戦争の始まりとなりました。少し、太平洋戦争に至る経緯を振り返りましょう。1937年、盧溝橋事件は日中戦争への発展し、中国へ侵攻した日本は米国と利権争いで対立することになる。対立は米国だけに留まらず、イギリス、オランダ、中国を含めたABCD包囲網により、日本への石油・鉄鋼の輸出制限がとられた。これに対抗するように、日本はドイツ、イタリアと日独伊三国軍事同盟を締結する。1941年、東条内閣は米国との最終交渉を行うが、ルーズベルト米大統領は不可侵条約の提案などを示したハル・ノートを突きつる。これが最後通牒となり、東條内閣は同年12月1日に開戦を決定した。

 1941年2月、山本五十六連合艦隊司令長官の意向により、鹿児島で奇襲訓練が行われる。「水深12メートルという浅瀬でどうやって魚雷攻撃をするか」「厚くなっていく戦艦の装甲をどうやって貫通、撃沈させるか」という課題に取り組んでいました。そして、これまでの戦艦を主力とした砲撃を見直し、奇襲に重点を置いた飛行機による爆撃・雷撃が編み出された。作戦は成功し、戦艦アリゾナを含む8隻を撃沈・損傷させることになる。日本軍は真珠湾の奇襲攻撃に成功したことで戦争を優位に進めるかに思えたが、米国海軍の主力空母は真珠湾にいなかったため米軍への大打撃には繋がらなかった。加えて、被害復旧を行う港湾施設の被害が少なかったため、米国は態勢をを整え改めて日本へ宣戦布告をすることになる。日米の国力差を見ても、日本は短期決戦で決着をつけたかったが、その思惑通りにはいかなかった。

 「真珠湾への奇襲攻撃」という見方が一般的ですが、本当は攻撃の30分前に米国に対して宣戦布告をするはずだった。ワシントンの日本大使館にいた奥村勝蔵一等書記官の英訳新書のタイプが遅れたことで、攻撃開始時刻に間に合わなかったというのが事実です。真珠湾攻撃は「日本軍の騙まし討ち」と捉えられ、結果的に米国の抗戦意欲を高めることになった。

 簡単に真珠湾攻撃を振り返りました。本当に簡単なので、日を改めて産経新聞の正論から学び取りたいと思います。

 65年という歳月を今振り返ると「まだ、そんなものか」と感じてしまう。歴史に興味がなかった以前ならば「もう戦後○○年だ」と言っていたかもしれない。「まだ、そんなものか」という言葉の背景には、「まだ、忘れられない」という気持ちが含まれている。日本の軌跡であり、決して目を背けてよいものではない。例えば、それが戦勝国による歪んだ歴史認識であるならば、勝敗に関係ない客観的な視点で捉えることが望ましい。「A級戦犯」というのは典型的な例であり、産経新聞主張には「いわゆるA級戦犯」と書かれている。A級戦犯という呼び方は戦勝国が勝手に付けたものであり、「いわゆる」の意味は大きいですね。政治評論家の三宅久之さんは「A級戦犯と言われる人たちに敗戦責任はあるが、犯罪者ではない」と述べたことがある。戦犯として刑を受けた者も公務死として遺族救済が行われている。犯罪者呼ばわりするのは戦勝国か歴史を知らない日本人でしょうね。今、戦争の是非を問うことで正しい答えが出せるとは思いません。ただ、戦争を繰り返した日本が結果的に今日の平和を創ったことは否定できない事実です。

 保守派の産経新聞が真珠湾攻撃を振り返る気持ちはよく分かる。「嫌な過去は、早く忘れよう」と思っているかもしれない左派系新聞とは違う。産経新聞の主張は、傷跡に刃を突き立てるようなものだろうか?良い思いででないことは誰しも共通として、どうして過去と向き合えないのだろう。史実と向き合えない人が簡単に軍国主義への回帰などを口にしますが、全ては今の平和があるから言える話でしょう。戦わずして降伏する手段なんてなかった。今の北朝鮮を見ていると、何となく戦中の日本も必死に生きる術を考えていたのかと思ってしまう。北朝鮮はいまだに戦い続け、日本に比べれば60年以上遅れているわけですよ。軍国主義を貫くことに大した意味はないと思う。戦う相手がいなくなっても、仮想敵国をつくっては軍事力強化に走るしかない。時代錯誤ですね。国の威信をかけた力と力のぶつかり合いというのは、せいぜいスポーツ界までの話。戦いが終わればお互いを称え、勝敗に一喜一憂する。殺しあって何かを得る時代は間違いだったんだろうけど、当時は今ほど各国に余裕はなく、欲求に任せた分捕り合戦の延長線上に戦争があったのだと思う。そういう点でも、戦争を全て一括りでは語れない。

 今後、戦争はありえるか?私はあると思います。そこは人間だから、最初は些細な拘りが後々大きな対立へと変わるんじゃないのかな。戦争に反対するのは当然のことなんですが、批判だけで内容のないものなら意味がない。昨日は各紙がイラク報告について社説を書いていますが、後日エントリーしたいですね。イラクの是非を問う上で、「開戦理由の情報操作」と「イラク住民の解放」という2つの視点がある。後者を立てれば「意味がある戦争だった」となり、前者に目を向ければ「戦争狂ブッシュの欲求」という話になるかもしれない。問題解決の手段として、戦争するしかない現実がいまだに世界で存在する点を見逃してはいけないと思う。どの国も日本みたいに平和ボケしているわけではなく、今日を必死に生きている人が存在する。いつ戦争の火種となるかわからない北朝鮮でも、住民は餓死と闘っている。金正日政権の崩壊を口にすることは、北朝鮮への侵攻を支持することに等しいかもしれない。そう簡単ではないとは思いますけどね。

 戦争に踏み切らなくても、フセイン政権では迫害が行われ、金正日政権でも住民心情を逆手に取った政策が続けられている。おそらくこれは極一部であり、中国やロシアでも探しようには酷い現実を目の当たりにするでしょう。見て見ぬ振りをするのか。戦争反対というのは、そういうことでもある。国境の外の話には耳を傾けない。傾けたとしても、心無い言葉を並べて「あぁ、日本に生れてよかった」と内心思うのだろうか。今の若者は、そうなんじゃないのかな。私は、戦争を知っている人の話を聞く機会があり、真珠湾攻撃について熱く語られていたので、私も必死に耳を傾けましたね。何となく私もだらだらと語りたくなりましたね。平和ボケした日本人が戦争の是非を問い詰めることは無意味だけど、その過程で何が救われ何が失われたのか知っておく必要はあると思う。


【参考資料】
産経新聞 12月8日主張【真珠湾から65年 語る体験から学ぶ歴史へ】
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00:27 | 国際 | comments (2) | trackbacks (1) | edit | page top↑

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社説【米イラク報告書 これは左傾化なのか?正常なのか?】 | top | 特集【石原真理子に教わる自己中心的な生き方】

Comments

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1日遅れで、朝日も「真珠湾」を社説で取り上げていましたね。
かつて他紙よりも率先して戦争の正当性を宣伝し、積極的に笛を吹き太鼓を鳴らした朝日ですが、いつもながら自分を省みない発言のようです。
産経は「あの戦争は『語る』体験から『学ぶ』歴史へと変わりつつある」と書いていますが、歴史を学ぶことは、単に事実だけでなく、その背景も学ぶ必要があると思います。
by: ko-bar-ber | 2006/12/10 22:24 | URL [編集] | page top↑
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 ko-bar-berさん☆コメントありがとうございます。

 朝日の社説も読みましたが、とりあえず聞き流しました。暇があれば勉強して反論したいところですが、今のところ予定はないですね。

 基本的に戦争はやるべきではないと思いますが、やらざるを得ない場合もある。かつて、日本が戦争に走ったことを今否定するのは簡単ですよね。一概に戦争だけは否定できず、戦争を引き起こす人間に目を向けなければならない。戦争を知らない私が戦争がどんなものか後世に伝えていかなければならない。「戦争してはいけない」と一言で解決せずにその背景まで語れるようになっていたいですね。
by: 無名 | 2006/12/10 23:09 | URL [編集] | page top↑

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