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Sun.

【見えない核兵器】

【核兵器】
 今、13ヶ月ぶりに再開された6カ国協議が行われている。そこで焦点となっているのは、「北朝鮮の核放棄」である。北朝鮮の核放棄と引き換えに、重油、電力、食料などが北朝鮮へ提供される予定だが、これまで何度も約束を破ってきた北朝鮮が簡単に言うことを聞くとは思えない。
 核と言っても、プルトニウム型と濃縮ウラン型がある。そこに北朝鮮の切り札が隠されているかもしれない。

 プルトニウム型
→長崎に投下された。「使用済み核燃料棒再処理」「原子炉建設」などは、プルトニウム型の核開発に関係する。特別なガスが発生するため、外部から監視しやすい。

 ウラン型
→広島に投下された。外部から監視できない。

 北朝鮮が核開発に対して、ここ数年で発信した情報は全てプルトニウム型のものばかりだ。つまり、ウラン型の核開発は正確に分かっていないわけだ。北朝鮮は、3年前にウラン型の核開発を認めたが、その後一切否認している。

【北朝鮮はなぜウラン型を認めたのか?】
 もともとプルトニウム型の核開発を行っていた北朝鮮だったが、1994年の米朝合意で核開発凍結が行われた。しかし、日本人拉致を認めた2002年9月の日朝首脳会談直後、同年10月の米朝会談で北朝鮮は「米国に対抗するには、それ(ウラン型の核兵器)を持たなければならない」と濃縮ウラン型の製造を認めている。

 米国は、北朝鮮との関係正常化のために「ウラン濃縮計画があるかどうか」を北朝鮮へ突きつけた。それを北朝鮮が認めたことには、米国も驚いている。北朝鮮にとっても、米国との二国間協議に持ち込むために「誠意」とも思える対応だったのかもしれない。しかし、米国は北朝鮮の思惑に反し、二国間協議には応じなかったことで、北朝鮮は1994年に凍結していたプルトニウム型計画を再開した。

2002年12月 原子炉封印撤去、IAEA職員を国外退去
2003年 1月 NPT脱会、ウラン型計画を否定
     10月 燃料棒再処理完了
2005年 4月 核実験の兆候
      5月 燃料棒取り出し
      7月 原子炉建設再開

 北朝鮮は、プルトニウム型計画を宣言する一方でウラン型計画を否定し続けた。

【知られざる重大事件】
 ドイツで「北朝鮮への特殊アルミチューブ不法輸出事件」の判決が下されたのは2004年5月のことである。その詳細は、2003年4月にドイツのハンブルクから北朝鮮経由で中国へ向かう貨物船がドイツ当局から臨検された、というもの。貨物船には、北朝鮮に運ばれる予定だったアルミチューブ22tが押収された。このアルミチューブは、強度に優れるなど高度な技術が必要で、簡単に作れるものではない。

 ウラン鉱山より得た天然ウランには、核兵器の材料となる「ウラン235」が0.7%しか含まれていないため、遠心分離器を使って95%まで濃縮する。その遠心分離器となるのがアルミチューブである。同様に、2003年10月にドバイからリビアに向かっていた貨物船からアルミチューブが押収されている。核開発に絡む国に対して、アルミチューブの輸入が発覚している。

 輸入されようとしたアルミチューブは、ヨーロッパで唯一、遠心分離器の製造を行っているウレンコ社の旧式のものと一致している。これで、北朝鮮がウラン型用の遠心分離器を作ろうとしていたことが分かる。アルミチューブの輸入を依頼したのは、北朝鮮のナムチョンガン社であり、代表はユン・ホジン氏だった。このユン・ホジン氏は、1999年まで北朝鮮の国際原子力機関(IAEA)代表を務めていた。それに加え、北朝鮮が最初に発注しようとたアルミチューブは200t以上であり、関税から却下されていた。

「アルミチューブ200t」
=「遠心分離器3000台分」
=「後発の核保有国が現在保有する量」

【ウラン型核開発を支援した国】
 プルトニウム型開発を米朝合意で凍結した後、1996年にウラン型開発をパキスタンと合意していたという。1995年に北朝鮮の国防大臣が率いる、核ミサイル専門家がパキスタンを訪問し、ノドンなどを提供する契約を結んでいる。その見返りとして、パキスタンは北朝鮮にウラン濃縮技術を援助している。

 パキスタンは、1970年代のブット政権から遠心分離器の製造に着手し、1998年5月にウラン型核実験に成功している。同年6月、パキスタンは北朝鮮にウラン濃縮技術を提供した。1998年6月に北朝鮮の外交官夫人がイスラマバードで殺される事件が起きている。彼女の遺体を運ぶ棺桶の中に遠心分離器のサンプルと設計図を入れて、特別機で平壌に運んだと言われている。

 そして、「核開発の父」と言われるA・Q・カーン氏とはどんな人物か?

【そして、ウラン型技術は流出した】
 A・Q・カーン博士は、70年代にウラン濃縮を行うオランダのウレンコ社で働いていた。しかし、ウレンコ社より盗んだ遠心分離器の設計図をパキスタンへ持ち込み、核開発に成功している。カーン博士は、自ら開発したウラン型技術をヤミでイラン、リビア、北朝鮮に流出させていた。カーン博士の研究所で北朝鮮技術者が働いていたことも確認されている。

【カーン・ネットワークと北朝鮮】
 核技術の流出が明るみに出た2004年2月にカーン氏は、「政府の許可は一切なく、すべて私の責任です」と謝罪した。カーン氏「個人の犯行」としてパキスタンのムシャラフ大統領から恩赦を受けたが、そう簡単な話ではない。パキスタンの政治状況からして、軍の情報機関(ISI)の関与なしに各技術の流出は不可能だという見方がある。パキスタンがウラン型技術の流出先を認めているのはリビアとイランだけで、北朝鮮に関しては未だに公式には認めていない。

【本当の焦点は、隠せる核だ】
 北朝鮮は、ドイツからアルミチューブの輸入に失敗しているが、すでにロシアから150tのアルミチューブを入手した情報もある。これにより、北朝鮮のウラン型計画は本格的な生産段階へ移行したと考えられる。日本にとっても、北朝鮮のウラン型核開発は重要な意味がある。

 1998年5月にカーン博士は、「我々が実験した核爆弾は非常に小型で、『ガウリ』ミサイルにも搭載できる」と証言している。北朝鮮の『ノドン』ミサイルとパキスタンの『ガウリ』ミサイルは同じものと言われている。カーン博士がリビアに流出した核技術の中には「核弾頭設計図」も含まれていたという。つまり、日本を射程圏としたノドンにウラン型爆弾を搭載する能力を持っている可能性がある。

 北朝鮮は、今年5月に「使用済み燃料棒の取り出し」、7月に「原子炉建設の再開」など、プルトニウム型の情報に目立つ動きがある。一方は「秘密裏」に、もう一方は「堂々」と核開発を進めているわけだ。プルトニウム型原子炉はクリプトンガスが発生するなど、衛星からでも監視できる。しかし、ウラン型遠心分施設は監視できないため、地下で隠ぺいしたまま核開発が行える。

 6カ国協議での焦点は、むしろ「ウラン型」にある。北朝鮮は、「見える」プルトニウム型を米国への核カードに利用しつつ、「見えない」ウラン型を切り札にするつもりではないのか。当然、米国もそれを見越して「ウラン型も含めた核開発の完全放棄」を要求している。米国は、1994年の米朝合意で騙されているため、もう二の舞は踏めない。


【参考資料】
7月24日放送
サンデープロジェクト「北朝鮮核開発の謎」より
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20:06 | 東亜 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

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