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Wed.

【伊藤市長銃撃 その意志を継ぐ横尾氏】

【前書き】
 人間の憎悪の恐ろしさ…。

・(産経新聞)
【 17日午後7時50分ごろ、長崎市大黒町のJR長崎駅前で、長崎市の伊藤一長(いっちょう)市長(61)が、背後から近づいてきた男に拳銃で撃たれた。伊藤市長は病院に搬送されたが心肺停止状態で、緊急手術を受けている。県警は現場付近にいた男を殺人未遂の現行犯で逮捕した。男は「自分で撃ったことに間違いない。長崎市との間でトラブルがあった。殺害する目的で撃った」と供述しているという。県警は長崎署に捜査本部を設置、詳しい動機を追及している。

 伊藤市長は22日に投開票される統一地方選の長崎市長選に4期目を目指し立候補。遊説先から長崎駅前の選挙事務所に戻ったところだった。

 逮捕されたのは、長崎市の6代目山口組系水心会会長代行、城尾哲弥容疑者(59)。回転式拳銃1丁と実弾20発を押収した。城尾容疑者は現場付近で待ち伏せしていたものとみられる。

 調べでは、伊藤市長は事務所の近くで選挙カーを降りて事務所に向かう途中、背後から約1メートルの至近距離で背中を数発撃たれた。市長はうつぶせに倒れて動かず、長崎大学付属病院に搬送された。

 城尾容疑者は現場から10メートルほど離れた横断歩道で、伊藤市長の事務所の男性ら数人に取り押さえられ、駆けつけた長崎署員に引き渡された。

 警察当局によると、城尾容疑者は長崎市との間で入札をめぐるトラブルがあった。テレビ朝日(東京都港区)のニュース番組「報道ステーション」は同日夜、城尾容疑者の名前で、長崎市と公共工事をめぐるトラブルがあったことなどを伝える郵便物が同社に届いていたと報道。郵便物には「市長を許せない」などと書かれていたという。警察庁や長崎県警はこの事実を把握していなかった。今後、郵便物が届いた経緯などについても調べを進める。

 また、関係者によると、城尾容疑者は平成15年に長崎市発注の工事現場で、道路の陥没部分に乗用車の車体の一部がはまる事故を起こし、市に苦情を言うなどしていたという。

 伊藤市長は昭和20年8月、山口県長門市生まれ。44年に早大政経学部を卒業後、長崎市開発公社に就職。長崎市議や長崎県議を経て、平成7年、長崎市長に初当選、以来3期を務めた。今年3月には全国市長会長に立候補していた。

 長崎市では平成2年1月、当時の本島等市長が市役所前で右翼団体幹部に銃撃され、重傷を負う事件があった。】
 
・(朝日新聞)
【 長崎市の伊藤一長市長(61)を銃撃した殺人未遂の疑いで逮捕された指定暴力団山口組系「水心会」の会長代行、城尾哲弥容疑者(59)が長崎県警の調べに対し、自らがかかわっていた市との複数のトラブルについて説明していることが18日、わかった。こうした供述に加え、事前にマスコミに郵送していた文書の内容などから、県警は、動機に暴力団の組織的な背景はなく、同容疑者が市の対応に個人的な恨みを募らせて市長を狙ったとの見方を強めている。

 県警は同日未明、城尾容疑者宅や組事務所など5カ所を同容疑で家宅捜索したが、伊藤市長の死亡を受けて容疑を殺人に切り替えた。同容疑者は調べに対し、「市長を撃って、自分も死のうと思った」と供述。さらに、市発注の歩道工事の現場にあったくぼみに車が転落した事故に対する補償交渉に市が応じなかったことへの不満や、知人の会社への融資などをめぐって市とトラブルになっていた経緯などを話しているという。

 一方、18日未明に記者会見した市側の説明によると、城尾容疑者からは03年2月に起きた車の転落事故をめぐり、当初はバンパーの修理代として市に60万円の支払い要求があった。その後、「ホイールが悪くなった」などと主張はエスカレートし、結局、総額二百数十万円を求めてきたという。市は「賠償する責任はない」として拒否したが、電話や面会は04年秋までに約50回に及んだ。

 この問題について市は「軽微なトラブル」と判断し、伊藤市長には報告しなかったとしている。

 また、関係者によると、同容疑者は知人が社長をしていた同市内の土木会社が02年、市の制度を利用して銀行から融資を受けようとして断られた際にも、「市の対応が悪い」などと周囲に語っていたという。

 同容疑者を知る弁護士は取材に対し、「融資が断られた件で、城尾容疑者は市への恨みをかなり抱いていた。事故の話も聞いており、腹を立てている感じだった」と話している。

 城尾容疑者は犯行前、こうした不満について記した文書をテレビ朝日あてに郵送。消印は今月15日で、冒頭には「ここに真実を書いて自分の事は責任を取ります」との表現があった。県警は、この時点で銃撃を決意していた可能性もあるとみて経緯を調べている。

 城尾容疑者は「水心会」の前身の組の幹部だった89年7月、「公表すれば問題になる写真を持っている」として当時の本島等長崎市長から1000万円を脅し取ろうとした恐喝未遂事件の容疑者の1人として逮捕されている。】



【後書き】
 「日頃の恨み」が市長殺害という形で具体化された。長崎市長選を控え、現職の伊藤一長市長が遊説を済ませた後の出来事だった。

 市長選への候補者らは、選挙活動を自粛している。さすがにこのような事件が起きた後に市長になるのは勇気がいる。それも長崎市で銃撃事件が起きたのは今回が初めてではない。先代の市長も同様に銃撃されている。

 伊藤市長が亡くなったことにより、嫁婿にあたる西日本新聞記者の横尾誠氏が立候補を表明している。横尾氏は、以下のように語っています。

「伊藤一長市長がやろうとしてした仕事を誰かがやらないといけない。それをやりたいという思いです」 

 法治国家である日本において、このような傷ましい事件が起きたことには遺憾を覚えます。横尾氏の決断は、弔い合戦とも映りますが、強い意志のもと長崎市を変えようとする思いを応援したいと思います。

 私が思い出すのは、2005年8月1日に起きた長岡議員の自殺ですね。郵政民営化の是非が問われていた時期で、自民党総務会で反対票を投じた永岡議員だったが、衆院本会議では賛成票を投じた。つまり、自民党としては当然「賛成」で押していたのに、所属派閥である亀井派は「反対」を支持していた。「党をとるのか、派閥をとるのか」という板挟み状態で永岡議員は遺書も残さず自殺している。その直後に行われた第44回衆院選に永岡議員の妻である永岡桂子さんが自民党公認で出馬し、比例区で復活当選している。

 今回の銃撃事件では、伊藤市長に直接原因があったわけではない。市の対応に問題があったのか、暴力団の悪質さが市長殺害を引き起こしたのかという線引きは難しいが、市民の代表だったから伊藤市長は狙われてしまった。一つ言えることは、今回のテロ行為への経緯を見ても、悪知恵ばかり働いて「無駄な労力の使い過ぎ」とした思えない。城尾容疑者は、転落事故に遭い「長崎市の弱みを握った」と語っていたと言うから呆れる。

 イラクでの自爆テロの横行は、日本にいる私にとって別次元の問題でしたが、日本が絶対的平和ではないことを改めて感じました。


【参考資料】
産経新聞 4月18日【長崎市長撃たれ重体 遊説帰途待ち伏せ 背中に数発 組幹部逮捕】
朝日新聞 4月18日【銃撃された伊藤長崎市長が死亡 出血多量で】
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20:23 | B級 | comments (0) | trackbacks (2) | edit | page top↑

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