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Mon.

社説【原爆の日 政治家と国民の視点は違うものです】

【前書き】
 今日は、原爆の日でしたね。時事問題と向き合う機会が減っていることが、「でしたね」という表現にさせているんでしょう。反省します。今日は、原爆の日について「これだけは言わせて!!」。

【朝日新聞より抜粋】
【今年の被爆地は昨年までとは、いささか様相が異なる。長崎県出身で防衛相だった久間章生氏が原爆投下について「しょうがない」と述べたことが、さまざまなかたちで影を落としているのだ。】

 久間発言で問題になったのが【原爆が落とされて、長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだ、という頭の整理で今、しょうがないな、というふうに思っている】という部分です。

 批判を承知で書かせてもらえば、久間発言は分からなくはないです。視点の違いだと思う。鮮明に原爆の恐ろしさを知っている広島・長崎出身の人には、「しょうがない」の一言で片付けられていることに遺憾でしょう。戦争において、日本側が意地を張って抵抗しなければもしかしたら原爆は落ちなかったのかもしれない。久間さんは、日米関係を意識した発言のように思う。被爆国でありながら、核の傘に守られているというのは、日米関係が優先されている証拠であって、久間さんが地元長崎県民より米国を意識しているのが分かる。政治というのは、一見薄汚いようで、平和(或いは、利権のため)に少しでも近づけるためには必要悪な部分があると考えます。久間発言を擁護している形ですが、あまりにも簡単過ぎる言葉で被爆者を愚弄している発言であることには変わりないです。

【世界を見渡せば、インド、パキスタンに続き、昨年は北朝鮮が核実験をした。核保有5大国の核軍縮は進まず、核不拡散条約(NPT)の信頼が揺らぐ。

 国内では麻生外相らが核保有の議論をすべきだと説く。そこへ、久間発言である。核兵器への抵抗感が、政治家の間で薄れているのではないか。そんな不安にかられたのは被爆者だけではない。】

 久間発言は【国際情勢とか戦後の占領状態などからいくと、そういうこと(原爆投下)も選択肢としてはありうるのかな】と続きます。

 上記社説では、朝日新聞らしい左派の理想が描かれている。現実問題として、世界から核兵器がなくなることは皆無でしょう。核兵器の抑止力によって、均衡を保っている。「私が捨てるから、あなたも捨てましょう」なんておままごとが通じるのは左派の頭の中だけです。せめてもの救いは、核兵器が使用目的ではなく抑止力としての意味が強いということ。北朝鮮にまで核保有された現在、世界情勢の均衡が崩れているのは言うまでもないです。つまりは、最悪な事態が現実になる可能性もある。

 哀しいのは、非核化の運動を続けて国連なり動かしたとしても、北朝鮮やイランは聞く耳を持たないこと。久間発言にある「選択肢」を使わない限りは、どうしようもない現実がそこにある・・・とも言える。別に核兵器を無くしたところで、大量破壊兵器は幾らでも世界に散らばっているし、世界に国境を作って区別している時点で共感できない隔たりが争いを生むでしょう。要は、誰もが平和を求めてはいない。狭くは、自分のために相手を蹴落とすことだってある。自分の理解、世界の常識を超えた相手・国に対して、どういう説得の仕方を行うべきか?昨今の選挙結果を見ていると、建設的対話が主流となりそうな勢いだけに誰も血を流さなくて済む解決法が求められる。

【米国では「原爆投下で戦争が終わり、100万の米兵が救われた」というような正当化論が依然、根強いからだ。

 だが、その米国にも変化の兆しがないわけではない。

 この夏、日系米国人のスティーブン・オカザキ監督の映画「ヒロシマナガサキ」が日本で公開されている。

 この映画が画期的なのは、米国で4000万世帯が加入するケーブルテレビが、制作資金を出したことだ。そのケーブルテレビで6日から全米に放映される。】

 国民感情としては、日米ともに原爆の脅威に向き合っているわけですね。ただ、米政府の見解としては、やはり自国の正当性を一貫する内容だった。つまりは、日米の政治家が政治的発言を行っているだけに過ぎず、それを真に受けたところで立場が違う以上はどうしようもないということでしょう。

【久間発言によって鮮明になったことがある。日本の国民には、核を拒否する気持ちが今も強く生きているということだ。それを世界に示したことは、思わぬ効用だったかもしれない。

 この怒りを大切にすること。それは日本の使命である。】

 被爆国であるのは事実ですが、被害者意識として核保有国を非難するのは少しずれている気がする。戦争責任は、当時の指導者が大部分を担っているでしょう。しかし、右に傾き過ぎた当時の日本にとって、降伏という言葉はなかったのかもしれない。一言で言えば「恥」でしょうか。戦争責任を追及していけば、靖国問題などにも行き着くわけですが、それこそ「しょうがなかった」のだと私は考えます。過去は過去、今は今であって、核保有国の行く末を冷静に考える見識が求められると思います。


【後書き】
 社説を読む上で気をつけることは、一歩下がって読むことです。そうしないと、左側の朝日、右側の産経を読み分けることはできない。・・・久々読んだので、自問自答してるだけです(* ̄m ̄) ププッ

 私は、右寄りなので久間発言・麻生発言を簡単に批判する気はありません。その言葉には意図することがあるでしょう。ただ、それら発言を批判する人が存在するのも大切だと思う。戦争に正義はないわけで、戦争で解決する問題は存在しないでしょう。一つの脅威として、非核化意識が受け継がれることは必要でしょう。

 思い返せば、私が時事問題と向き合いだした数年前は、思いっきり左寄りでしたね。朝日新聞に負けず劣らず、平和への追求を謳ってきた。そして、自己満足していた。朝日新聞の論者も、日々自己満足しながら社説を仕上げているんでしょうかね。自己満足に終わらず、本当に非核化が現実となる術を見出してもらいたいものです。


【参考資料】
朝日新聞 8月6日社説【原爆の日 「しょうがない」の罪深さ】
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23:18 | 社説(編集中) | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

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