--.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:-- | スポンサー広告 | comment (-) | trackback (-) | edit | page top↑

  あなたの一票が救いです,,,,,(((( *≧∇)ノノノ
Sun.

社説【アチェ和平 スマトラ沖地震から一年】

【前書き】
 クリスマスだけに、クリスマスに関連した話題にしました。これが、犠牲の上に立つ平和を象徴したものです。


【今回のテーマ】
・(世界日報)
【インドネシア・ナングロアチェ州の独立派武装組織「自由アチェ運動(GAM)」が、三カ月に及んだ武器引き渡し作業を完了し、このほど武装解除を終了した】

【GAMとは?】
・(世界日報)
【GAMは一九七六年、実業家のハッサン・ティロ氏らが結成、インドネシアからの独立を求めるスマトラ島北部ナングロアチェ州の武装勢力だった】

【アチェ紛争】
・(世界日報)
【インドネシア国軍はこれを認めず、三十年に及ぶ紛争は民間人を含め一万人以上が死亡、政府軍にもGAM側にも多大な犠牲を強いた経緯がある】

【スマトラ沖地震】
・(高知新聞)
【クリスマスの余韻と新しい年への期待が交錯していた国際社会に衝撃を与えたスマトラ沖地震は、26日で発生から1年になる】

【被害、規模】
・(高知新聞)
【スマトラ沖地震はマグニチュード(M)9・0で、津波はインド洋沿岸ばかりでなく、6000キロ離れたアフリカ東海岸にも達した。死者・行方不明者は22万人以上で、日本人は40人の死亡が確認されている。】

【復旧の具合】
・(高知新聞)
【プーケットでは5月初旬に津波警報塔が完成した。情報をキャッチすると、砂浜に設置したスピーカーと連動する形で、リゾート客らに通報する。津波で損壊したホテル群もほぼ復旧し、国際リゾート地のにぎわいを取り戻そうとしている。】

【アチェ和平の意味】
・(世界日報)
【何より「アチェの和平」はインドネシア一国だけの問題にとどまらない。ジャカルタで二〇〇三年に起きた米系ホテル自爆テロでは、爆弾原料の一部がイスラム過激組織モロ・イスラム解放戦線(MILF)の拠点となっているフィリピン南部から入手された。また、タイのタクシン首相は、強奪されたタイ国軍の武器がインドネシアのナングロアチェ州に渡っていることを公式に認めた。さらに、昨年来、犠牲者数が一千人を超えたタイ南部テロ事件の背後には、中東の軍事基地でテロの訓練を受けたプロ組織が介在しているともされる。】

【イスラム過激派】
・(世界日報)
【インドネシアは世界で最もイスラム人口の多い国であり、同国の一万七千以上の島は、イスラム過激派の戦士を集め、訓練するための格好の場所である】

【マラッカ海峡】
・(世界日報)
【アチェを入り口とするマラッカ海峡は、中東と東アジアを結ぶ海の大動脈だ。日本へ運ばれる中東原油のほぼ100%がマラッカ海峡経由でもある。】

【最後に!!】
・(世界日報)
【少なくともマラッカ海峡が本格的なテロ対象になれば、世界経済は大混乱を来すのは間違いがない。マラッカ海峡の入り口にあるアチェで和平が実現し、イスラム過激派の拠点が失われたならばその懸念は遠のくことになる。】


【後書き】
 全体的に世界日報社説を引用しました。一見、スマトラ沖地震とアチェ和平は無関係のようですが、そうではない。

 人間というのは結構単純なもので、一つの正論を見つけたらそればかり推したがるんです。私も、複数社説を読んでいなければ、いつの間にか「この社説は正しい」と思い込んでしまうかもしれない。結論というのが、近所の駄菓子屋にでも売っていればみんな買いに行くでしょう。答えが見付かれば、一時の幸福感はあるかもしれない。しかし、悩みながら生きるのが人生というもので、早々に楽はできません。

 ほんっと、まるで関係ないことを言ってるようでそうじゃないんですよ。私も左派グループに加わって「世界平和」を謳いたいんですが、現実がそうさせない。昨日まで敵だったのに、状況が変われば平和共存を口ずさむようになる。じゃぁそれまでの戦いは何だったのか?今尚、戦い続けていることに何の意味があるのか?ん~語れば語るほど、現実逃避しそうですね^^;

 ということなので、以前(今夏)のエントリー記事を貼り付けたいと思います。


【参考資料】
高知新聞
 12月24日社説【大津波1年 全地域を復興の軌道に】
世界日報
 12月24日社説【アチェ和平 マラッカ海峡の安保にも効果】




【前書き】
 インドネシアのスマトラ島西北部アチェ州の独立紛争に終止符が打たれようとしている。これまで約30年続いた、インドネシア政府と独立武装組織「自由アチェ運動(GAM)」の対立は、昨年末に起きたスマトラ沖地震と津波の大被害を機に好転した。

【インドネシアの独立】
 20世紀初期、インドネシア周辺の諸島はオランダの支配下にあった。1928年に立ち上がったのスカルノ氏は、インドネシア国民党を結成し、インドネシア独立を目指す。1942年、第二次世界大戦中は日本の支配下となり、強制労働により多くの国民が亡くなっている。1945年8月15日、日本が無条件降伏したことで、2日後の8月17日にスカルノ氏はインドネシア独立宣言をする。しかし、再植民地化を狙うオランダとの戦争が始まり、完全独立を果たしたのは1950年8月のことだった。

【アチェの編入】
 インドネシアが日本の支配下にあった頃、アチェは独立宣言している。終戦後、インドネシアはオランダからの独立戦争へ発展した際、アチェは資金を出してインドネシア空軍を援助している。インドネシア独立に伴い、大統領にスカルノ氏が就任した。スカルノ大統領は、アチェに対して特別な自治権を与えることを約束し、アチェを北スマトラ州に編入する。しかし、スカルノ大統領の約束は守られることはなかった。アチェは、イスラム教社会を好んだが、インドネシアには受け容れられない部分があり溝が深まってゆく。

【アチェ紛争】
 1968年にスハルト大統領が就任。スハルト大統領は、中央集権制を強化して経済発展を進める一方で、民主化や独立を求める人々を軍の特殊部隊で鎮圧する。インドネシアの天然資源は、3分の1がアチェ州で採れたが、資源収入はインドネシア政府が得ていた。資源収入が得られないことでアチェ実業家のハッサン・ディ・ティロ氏らは分離独立を目指す。1976年12月4日、自由アチェ運動(GAM)がアチェ・スマトラ国の独立宣言を行うが、インドネシア軍にる弾圧を受ける。ここから長い戦いが始まることになる。

【東ティモール独立】
 独立を狙うのは、アチェだけではなかった。1999年8月30日、東ティモールは国連主導の住民投票によりインドネシアの占領から解放、2002年5月20日に独立している。「東ティモールは、もともとポルトガル植民地であり、オランダ植民地だった他の地域とは歴史的事情が違う」という理由から、各地の独立要求は受け入れなかった。激化するアチェ紛争は、GAMとインドネシア政府の対立で住民1.5万人の犠牲者を出してきた。2000年の停戦合意、2002年の和平協定が行われるも、直ぐに崩壊している。

【スマトラ沖地震・津波】
 今回、三度目となる和平合意が進められたのも、昨年末に起きたスマトラ沖地震の復興が滞っているためだ。地震と津波で約17万人が亡くなっている。皮肉にも、この大被害により「争っている場合ではない」と冷静なる機会となった。アチェでは、住民450万人の内50万人が避難生活を続けている。GAMは独立要求を取り下げ、インドネシア政府の主権下の自治政府となる選択をする。

【アチェ和平合意】
 フィンランドの仲介により、インドネシア政府とGAMは和平文書に調印した。インドネシア政府の国軍はアチェから撤退し、GAMは調印から3ヶ月以内に武装解除することで合意。GAMの独立要求取り下げの代わりにアチェ州政府の自治権拡大を認め、GAMが地方政党を結成して選挙に参加できるようになる。来年4月の選挙で自治政府代表が選ばれる。独立運動の引き金となった資源収入は、7割を地元へ還元することになった。

【ユドヨノ政権への期待】
 過去、2度約束が破られている。GAM側には、分離独立に固執したグループの存在するようだ。和平合意後も国軍とGAMの小規模な衝突は続いている。中東から東アジアへの原油輸送ルートであるマラッカ海峡は、アチェ紛争により海賊の横行を許してきた。これらの不安解消は、ユドヨノ大統領の手腕にかかっている。欧州連合と東アジア5カ国による停戦監視活動が行われる予定。インドネシアへの政府開発援助供与は日本が一番多い。災いが転じたといえ、これを機会に和平合意が達成することを願いたい。

【後書き】
 スマトラ沖地震が和平合意を後押ししたのは、天のお告げなのだろうか。争わなくても生きていく術はあることに今更気付かされたわけだ。米国一国主義とイスラム原理主義の争いはどうだろう?日中間の歴史認識はどうだろう?協力して、関係改善に努めなければならないのに、自国優先の考えは簡単には変わらない。それそこ、隕石でも落ちて地球の危機が訪れる頃に、慌てるんだろう。自己主張が発展すれば、被害に遭うのは住民であることを知った上で、「やったやられた」という低レベルな争いはもう避けるべきです。
スポンサーサイト
01:02 | 国際 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

  あなたの一票が救いです,,,,,(((( *≧∇)ノノノ
【うるう秒 カウントダウンはどうなるの?】 | top | 社説【朝日が沈む時 2005年政治体制】

Comments

Post a comment.















管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

この記事のトラックバックURL:
http://switch101.blog38.fc2.com/tb.php/73-38b3ee8a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。